about

稲穂の歴史

沖縄にかつて先見の明に秀でた、稲嶺一郎という人間がいた。彼は、前沖縄県知事である稲嶺恵一氏の父であり、自身も参議院議員を務めた。経済人としても一流で、今も沖縄県内の名門企業であるりゅうせきの創業者である。その彼が、沖縄の畜産、農産業の振興の為にと、実際に貢献もした場所が稲穂産業である。彼の詳しい功績はWikipedeiaなどに譲るとして、彼は沖縄の未来のためにこの場所が活かされることを感じていた。種々の事情から眠った状態にあったが、いよいよ動き始めた。

Inahoは、那覇空港から車で二時間超の名護市にある。東村との境目に近い、ヤンバルの森の中に位置している。敷地内には、大小多くの川や滝があり、水資源に恵まれた場所である。沖縄のユタなどはパワースポットとして祈りをあげる場所もあり、神秘的な雰囲気に満ちている。革命は辺境から始まるという。この亜熱帯のフロンティアは、新しい世界を作りたい人々を受け入れるために待っている。

 

代表者 尾関茂雄

私は1998年の頃からBitvalleyという渋谷をITの中心地にしようという運動をしていた。その後、運よく時流に乗ることが出来て、24歳の時に起業した会社をサイバーエージェント社に売却して、若くして時間とお金を得ることが出来た。しかし、当時は恵まれた立場ゆえに贅沢病で、生きるのが辛い状態だった。一体何のために生きているのかと、答えもないことを模索していた。漫然と過ごす中で、試行錯誤として様々な事業を経験し、Birthというダイニングバーも西麻布に開店させた。縁があってタレントとも結婚をし、人生はこんなもんだよなとどこか諦念しながら生きていた。そんな時、沖縄のために一緒にやってくれないかと熱く誘われたのが、この稲穂産業であった。こんなにも熱く生きられるなんて、何と羨ましいと思ったことが今でも忘れられない。その後は、転落人生といったところだろうか。洗脳騒動や事件など語れば面白いだろうが、それは実際にお会いした人にだけにしておこう。紆余曲折、10年という月日を経て、今また最初の出発点に戻って来た。人生とはこれだから面白い。

社会がますます不安定化する中、持続的な社会とはどんな形だろうか?その新しい姿の片鱗が、INAHOという土地で実現できないだろうか?50万坪という広大な敷地を使って、社会実践を始めている。食という人間にとって欠かすことのできない、根本的なものから改めて見つめ直している。私はかつてのビットバレーのように、場を作ることで、そこに人が集まり、人々の出会いの中で何かが創発されて行くのだと考えている。

これからはアジアの時代である。そのアジアに一番近い沖縄。日本の中の沖縄だが、本土との関係において、両者の気持ちはすれ違っている。近いようで遠いアジア。明治よりすっかりと西欧寄りの精神性に浸って来た日本は、今一度自分たちの生き方を考えることが大事な時期に来ている。一年のうち、数日でも、本質的なことを感じにINAHOに来てはいかがだろうか?

理念

  1. とらわれない
  2. こだわる
  3. 挑戦する
  4. きっかけをつくる
  5. 自由である
  6. 愛する

 

会社概要

  • 商号  農業生産法人合資会社稲穂産業
  • 本店  沖縄県名護市字天仁屋165番地
  • 設立日 昭和47年9月13日
  • 代表者 尾関 茂雄
  • 目的
    ・亜熱帯作物の栽培、加工及び販売
    ・樹苗、種苗、養成施設、造林、家畜、その他農業生産物の育成及び販売
    ・家畜及び植物の優良品種の輸入並びに販売
  • 取引銀行
    沖縄県農業共同組合 羽地支店
    琉球銀行 大宮支店
  • 連絡先 info@inaho.okinawa

創業者 稲嶺一郎氏について